テキトーなことを思いつきで書いている日記です。内容は無保証ということで〜
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ToDo:
2005-04-26 社会事件報道に私情を挟んではいけない [長年日記]
■ [鉄道] 大惨事となった福知山線事故
最初の事故写真を見た瞬間から、多数の死者がいることは疑いの余地はなかったわけだが。先頭車両の大半が即死状態だったらしい。合掌。
なんでも、架線柱に激突して1回転してあーなったらしいとのこと。運転士はまだ閉じ込められているが、もし電柱激突が事実なら、その時点の衝撃で運転士は亡くなっている可能性が高い。乗客優先ということもあり、運転士はいまだ取り残されたまま。
既に73人が亡くなっており、被害者は増える一方だ。
改めて御冥福をお祈りします。
■ [テレビ][ネタ] どうして報道各社は遺族の心境を報道をするのだろう?
ネタ元は新聞メディアだが、テレビでも同じことをするのであえてテレビカテゴリとする。
自分が同じ立場に立って、冷静に考えれば誰にでもわかるつらいことを、紙面を使って報道することが被害者にとって幸せなことなのだろうか。
どういう人が事故でお亡くなりになったというところまでは吉として、残された遺族についてどうこうとか言う話は、新潟中越地震でもそうだし、阪神淡路大震災から10年の報道でも同じことが言える。そういう遺族の“そっとしてほしい”という気持ちを無視して、紙面で紹介する事の意義があるとはおもえない。だれだって“そっとしてほしい”と思うし、それ以外何も応えられないのが普通だ。
生存者の状況については大いに報じてもらって結構だ。しかし、亡くなられた遺族のほうは突然の出来事にア全呆然。何をしていいかもわからない状況だということを報道各社は本当にわかっているのだろうか。
いろんな人が乗り合わせているのが電車だ。だから被害者もいろんな人がいることなんて当たり前の話だ。あえてメディアに指摘されるまでもなく、悲惨な運命をたどる遺族の気持ちなんて理解できて当たり前だ。
とても他人事とは思えない出来事に対し、こんな残酷な話題を振りまいてお涙頂戴することが、多くの人を傷つけていることをメディアは理解してほしい。
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